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東京高等裁判所 昭和48年(う)1406号 判決 1977年3月30日

本店所在地

長野県北安曇郡池田町大字池田二、八九九番地

勝家建設株式会社

右代表者代表取締役

勝家淳夫

本籍

同県東筑摩郡生坂村大字北隆郷一、三一五三番地-イ

住居

同県北安曇郡池田町大字池田二、八九九番地

会社員

勝家幸盛

明治三二年一二月四日生

右者らに対する法人税法違反被告事件について、昭和四八年四月二一日長野地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、被告人らからそれぞれ控訴の申立があったので、当裁判所は検察官設楽英夫出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人両名の弁護人中島万六作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官設楽英夫作成名義の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを、引用する。

一、被告人勝家幸盛(以下被告人という)は被告人勝家建設株式会社(以下被告会社という)の業務を統括している従業者でないとの論旨について。

原判決挙示の関係証拠ことに勝野千弘(以下勝野という)、勝家昭雄(以下勝家という)、被告人の各検察官に対する供述調書(以下検面調書という)、勝家の昭和四二年三月二九日付、太田徳重、被告人の同日付各大蔵事務官に対する質問てん末書(以下質問てん末書という)と原審証人勝野の供述(証人、被告人の供述記載も供述という。以下同じ)によると、被告人は、昭和二・三年ころから土木請負業を営むようになり、昭和二九年二月六日、土木建築請負を目的とする被告会社を設立して、その代表取締役となり、昭和三七年一月二六日これを辞任して長男の勝家に代表取締役を譲ったが、その後も被告会社内などにおいては会長と呼ばれていたこと、本件事業年度当時における被告会社の役員は勝家が代表取締役であるほか被告人の一族をもって構成されてはいたものの、右役員には被告会社からは定った給与は支給されず、同人らが金員を必要とするときは、その都度被告人にその旨申し出て同人から手渡してもらっていたこと、勝家は登記簿上は代表取締役になっていたけれども、同人は専ら工事現場を担当し、工事の進行状況を監督したり、段取りに従事するのみで金銭の支払、物品の購入、借入金の交渉等金銭事務には一切関与せず、本件事業年度の法人税の確定申告書の提出についてもそれが同人の名前でなされていたことは勿論のことその内容も全く知らなかったこと、勝家以外の役員もいずれも工事現場の責任者に過ぎなかったこと、被告会社において経理事務を担当していた勝野は、あくまでも被告会社の一従業員であって、被告人の指示あるいは了承を得ることなく独自に被告会社の収支に関する決定権を持ってはいなかったこと、被告人は、被告会社の経理、営業の両面について社員らに対し一般的な指示をしており、勝野も被告人の右指示を被告会社の方針であるとして、これに沿って経理処理をしていたことを認めることができる。以上の事実を総合すれば、被告人は、被告会社の業務を統括する従業者であるということができる。

所論は、被告会社の業務は、被告人、勝家、勝家淳夫、勝野の四名による合議によって運営されていたから、被告人は被告会社の業務を統括する従業者ではないといい、被告人の原審公判廷における供述中には、右にそう供述があるけれども、右供述は前掲各証拠に照らしてにわかに措信することができず、記録を検討しても、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

所論は、原判決挙示の勝家、勝野、被告人の質問てん末書、検面調書中の被告人が被告会社の業務を統括する従業者であることを裏付ける趣旨の供述記載は右質問てん末書については、供述者に対する大蔵事務官の苛酷な取調の結果によるものであり、また右検面調書については、検察官の取調が右大蔵事務官作成の調書を基本としたものであるから、いずれも真実と相違し、信用することができないというのであるけれども、本件記録を調査しても大蔵事務官の取調が苛酷であったとは認められないばかりか、却って右供述者はいずれも任意に供述したことが認められるし、また検面調査書についてもその信用性を疑うべき特段の事情も窺われないから右供述記載はこれを十分信用することができる。

論旨は理由がない。

二、被告人は被告会社の業務に関し、法人税の一部を免れようと企て、原判示のような不正行為を行ったことはないとの論旨について。

原判決挙示の関係証拠、ことに前記一掲記の証拠と吉江武範、征矢野実、上条秀一、丸山隆久の検面調書、勝野の昭和四二年五月二五日付質問てん末書を総合すると、被告人は、日ごろ勝野に対し、「土建業は景気の波が大きいので裏預金を作って資金を蓄積しておかないと困る、資金が蓄積されておれば銀行からの借入も楽だし、景気が悪いときに困らなくて済む」などといっていたこと、勝野は被告人の指示に基づき被告会社の経理処理をするに当たり、労務費、材料費、外注費等の仮装あるいは水増し等の架空支出を計上し、右架空支出の計上については、勝野において、被告会社に工事代金が入金し、あるいは確実に入金になることが確定した時点で金額を特定して被告人にこれを報告し、被告人においてこれを了承していたものであること、右架空支出に関して必要とした納品書、請求書、領収証等は、いずれも被告人自らが被告会社の従前からの取引先に依頼してこれらを入手し、その内容を自己の手帳にメモするなどしていたこと、被告人は、右のような方法で捻出した金員を被告人自ら、あるいは勝野に命じて被告会社の当座預金から払戻させたうえで、架空名義又は被告会社の取引銀行の従業員名義で簿外の普通預金などし、その預金通帳を自ら保管し、その出入について自らこれを行ったり、勝野に指示してこれを行わせていたこと、従前から被告会社の法人税の確定申告手続事務を取扱っていた合津輝嘉税理士事務所事務員高坂公二は、本件事業年度における被告会社の右納税手続についても関与していたものであるが、被告会社の現金出納帳、預金勘定帳、仕入れ帳、工事台帳、工事経歴書などをもとに納税申告の試算表を作成して勝野に説明し、同人が被告人にこれを報告し、被告人の指示あるいは了承を得て確定申告書を作成、提出していたが、時には、被告人自ら納税金額を指示したこともあり、特に昭和四一年度分の法人税確定申告書の提出に当っては、高坂が直接被告人に対し算出法人税額やその基礎となる工事収入金額などについて説明し、被告人もこれを了承していたことを認めることができる。そして以上認定の事実と前記一で認定した被告人が被告会社の業務を総括する従業者である事実を綜合すると、被告人が被告会社の業務に関し法人税の一部を免れようと企て原判示のような不正行為を行ったことを肯認することができる。

所論は、原判決挙示の田中恒治、同吉江武範、丸山隆久、原正四郎、上条秀一、征矢野実、小山富司の質問てん末書中の被告人が自ら取引の相手方に依頼して架空の納品書等の交付を受け本件犯行に使用した旨の供述記載は信用できないという趣旨のようにとれるけれども、右証拠中には同人らの質問てん末書はないばかりか、仮に右質問てん末書とあるのは吉江武範、征矢野実、上条秀一、丸山隆久の検面調書の誤りである(田中恒治、原正四郎、小山富司については検面調書もない)としても、原審証人倉橋富次の供述により認められる右吉江、征矢野、上条、丸山等に対する検察官の取調や同人らの供述の状況からみてこれを信用することができる。他に右検面調書の信用性を疑うべき特段の事情は認められない。

所論は、さらに、被告会社がその取引業者から交付を受けた納品書、請求書、領収書等は、建設業者が前渡金の交付を受けるための便法として受領したものであり、また建設業法第一三条(現第一一条)所定の書面を提出するために必要な書類として受領したものであって本件法人税逋脱のために受領したものではないといい、前記上条証人の供述中には右主張にそう部分があるけれども、右供述は前記二掲記の各証拠に照らして、にわかに措信することができず、他にこれを認めるに足る証拠もないばかりか、旧建設業法一三条三項所定の県知事宛提出する書類は、工事経歴書及び直前二年の各事業年度における工事施行金額を記載した書面のほか、建設業法施行規則八条一項二号、四号に貸借対照表、損益計算書及び利益金処分に関する書面、法人税の納付すべき額及び納付済額を証する書面とが規定されていて、領収書等については直接の定めがないことを考慮すると、所論は失当である。

論旨は理由がない。

三、被告人に法人税逋脱の意思がなかったとの論旨について。

前記一、二で認定した事実を総合すれば、被告人に法人税逋脱の意思があったことは十分これを認めることができ、他に右認定を覆するに足りる証拠はない。

所論は、被告人は計数に疎くまた同業他社と比較して最高の税金を納めようと考え、その旨勝野に指示していたこと、被告人が所論のような経歴を有する人物であることからして、被告人に法人税逋脱の意思がなかったことが認められるというけれども、仮に右のような事情が認められるとしても、それだからといって、直ちに被告人に本件法人税逋脱の犯意がなかったということはできない。

論旨は理由がない。

よって、本件控訴は理由がないから、刑訴法三九六条によりこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石崎四郎 裁判官 中野久利 裁判官佐藤文哉は転補につき署名押印できない。裁判長裁判官 石崎四郎)

○控訴趣意書

昭和四八年(う)第一四〇六号

法人税法違反 被告人 勝家建設株式会社

代表者代表取締役勝家昭雄

同 勝家幸盛

昭和四八年七月一日

右弁護人 中島万六

東京高等裁判所第十三刑事部 御中

右事件の控訴趣意は左の通りである。

第一点 原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。

一、原判決は被告人勝家幸盛が被告人勝家建設株式会社の事業を統括している者であるとの前提に立って、被告人幸盛が被告人会社の従業者として、昭和三九、四〇、四一各営業年度の法人税確定申告書を提出するにあたり、同会社の業務に関し法人税の一部を免れる為虚偽の申告書を提出し、原判決記載の金額の各法人税を逋脱した事実を認定している。然し乍ら右は全く事実を誤認したものである。即ち(一)被告人幸盛は被告人会社の業務を統括している従業者ではない。(二)被告人幸盛は虚偽の確定申告書の提出に全く関係していない。(三)被告人幸盛が被告人会社の従業者であったとしても同被告人には全く法人税逋脱の犯意がなかったのである。

二、 これらの事実を理解するためには、先づ次の事実を十分に理解する必要がある。

1 被告会社の経営の実体

イ 被告人会社の前身は被告人幸盛が昭和二、三年頃始めた個人経営の土木請負業で、昭和六、七年頃に正式に土木請負業者としての登録を受けたがその後も長く個人営業が続けられていた。昭和二九年二月六日幸盛は個人営業を廃して資本金四八〇萬円の被告人会社を設立し自ら代表取締役となったが、昭和三七年に長男昭雄に代表者の地位を譲り、以後取締役の地位も有せず主ら現場見廻りをしていた(勝家幸盛に対する大蔵事務官質問てん末書昭和四二年三月二九日附、第三問答。被告会社登記簿謄本)。

ロ 本件事業年度当時に於ける役員は社長が幸盛の長男昭雄、専務が二男淳夫、常務が長女の夫平田喜代司であり、その他三男信夫は現場監督、二女の夫藤森英夫は営業担当、長女幸子、二女つゆ子を始めその他一族の者はすべて、現場雑用、掃除電話取次等の業務に従事して居り、名称は株式会社であってもその実質は同族会社で、同族が一丸となって会社の為に全力を挙げて働いている会社であった(証人勝野千弘第七回公判、速記録一九枚目以下、被告会社代表者勝家昭雄第一五回公判速記録一六枚目以下)。

2 被告会社の経理の実体

イ 社長昭雄は会社の経理には一切関係せず主ら現場監督をしていた(勝家昭旭の検察官に対する供述調書第二項、昭和四二年八月二五日附)。被告人幸盛は社長を退いてからは会長と呼ばれていたが、勿論実権はなく、毎日早朝から現場の監督に出廻っているだけで、経理には殆んど関係しなかった。幸盛は計数に暗く経理係の勝野千弘から計数の説明を受けることがあっても、その意味内容が理解出来ない人で、経理のことは一切勝野と合津税理士に委せられていた。(証人高坂公二第六回公判速記録一四枚目以下、二六枚目以下。証人勝野千弘第一四回公判速記録五枚目以下。証人深沢歌枝第一四回公判速記録五枚目以下)。

ロ 勝野千弘は昭和三七年頃から会社の経理一切を委されたが、簿記を学んだことはなく、企業会計につき系統的知識を有たなかった。従って計理事務は前任者の事務を引継いで見様見真似でやって居た有様であった(証人勝野千弘第一四回公判速記録二枚目以下、第七回公判速記録四枚目以下)。

ハ 又会社から経理、決算、税申告等の事務を依頼された税理士合津輝嘉は法人税出身でないとの理由をつけて自らは全く被告人会社の経理事務を扱わず、主ら専務員高坂公二にこれを担当させ又被告人会社の社長や幸盛にも会ったことがないと云う怠慢振りであった(証人合津輝嘉第六回公判速記録三-四枚目、八枚目)。

而も高坂が被告人会社に行くのは決算期の頃二、三度のみで、平素は何の経理指導もしなかった。従って被告人会社は株式会社であり乍ら白色申告であり、会社の主な帳簿としては金銭出納簿と工事台帳がある位で、伝票がないのでこれらの帳簿を見ながら仕訳をしている有様であり、勘定振分の誤謬などは年度末決算を組む時指導する程度であった。又各種勘定元帳の支出に付ても領収書との照合を全部に付て行って居らず、労務費の支出に付ても工事台帳の記載をそのまゝ正しいものとして取扱っていたのである(証人高坂公二第六回公判速記録五枚目以下、二四枚目以下)。

ニ 殊に被告人会社の受註工事は大町建設事務所を始め殆んど県の工事であって、本件事業年度の年間売上は約一億五千萬円に達し、工事場所は常時一〇ケ所位、常備二〇名乃至二五名の外は前記勝家一族が無給で働いていた。会社は借入金がなく、一族が無給で働いていたから勢い剰余金の出ることが多かったが、この場合従来長年の慣行(所得標準率)に従って工事完成高(売上)の五%を法人所得とし、之に対する税金を納付すれば残りは無給で働いた勝家一族の収入と考えその通り実行されていた。税務署は従来三年に一度位経理の調査に来乍ら之に付て何等異議を唱えることはなかったし、税理士も之に付いて何等の指導もしなかった。従って剰余金が生じたときは、幸盛が之を同族の為に預り預金をし、必要の場合には会社の為に支出したこともあった。即ち会社の計理は所謂どんぶり勘定であって、会社の真の収益を知る者は誰も居なかったのである(証人勝家千弘第七回公判速記録一八枚目以下。被告人会社代表者勝家昭雄速記録一九枚目以下、被告人勝家幸盛第一五回公判速記録三枚目以下、一四枚目)。

三、原判決は被告人幸盛が被告人会社の業務を統括する従業者として、不正行為により法人税逋脱行為を行った事実を認定している。

1 然し被告人会社の業務は本件当時、被告人幸盛、社長昭雄、専務淳夫と勝野千弘の合議により運営されて居り(被告人勝家幸盛第一五回公判速記録二枚目)、幸盛一人が特別に実権を握って会社を支配している状態ではなかった。幸盛は毎日早朝から会社に出て直ちに工事現場の見廻りに行き、会長の机に坐って指揮をとる様なことはなかった(証人高坂公二第六回公判速記録二六枚目、証人勝野千弘第一四回速記録一六枚目。証人平林功第一四回公判速記録二枚目)。而して前記の通り幸盛は計数に疎く、会社の経理係の勝野千弘と合津税理士に一切委されていたので、幸盛自ら経理に介入することは全くなく、従って本件法人税確定申告に際しても之に関係することはなかったのである。

2 被告人幸盛は大町市と北安曇地方に於ける同業他社に負けたくないと云う信念を有っていたので、常日頃同業他社(約四〇軒)と比較して最高の税金を支払う様勝野に話していた。従って確定申告の際経理の報告を受けても、経理の内容に付ては何も云わず所得率を質ねるに止め(証人高坂公二第六回公判速記録一五枚目)、他業者に比し最高額の申告をする様に希望していたのである(証人勝野千弘第七回公判速記録二二枚目)。

3 この点に関し原判決摘示の証拠の中には原判決認定事実を裏付ける趣旨の供述記載があるが、これらの供述者は公判廷に於て、何れも大蔵事務官の取調が苛酷でありその内容が事実に相違している旨又検察官の取調べは右大蔵事務官の調書を基本としたもので事実に相違している旨証言して居り、措信するに足らないものと考える(証人勝野千弘第七回公判。被告会社代表者勝家昭雄第一五回公判。被告人勝家幸盛第一五回公判)。

四、原判決は被告人幸盛が被告人会社の業務に関し、法人税の一部を免れようと企て、会社正規の帳簿に架空支出を計上し、別途預金を設けて所得の一部を秘匿し、これらを正式の決算書から除外して法人税確定申告書を提出する不正行為を行った事実を認定している。

1 被告人は前記の通り会社経理には全く関係しなかったから法人税の一部を免れようと企てることはあり得ない。

2 所謂架空支出に付て

イ 前記の如く被告人会社の仕事は県の仕事が大部分であったから、売上げは粉飾をする余地のない会社である。而して会社は利益が出ても配当をせず、被告人幸盛以下一族一〇名が給料もとらず働いていたのであるから剰余金の出ることは当然である。この場合剰余金を正式に給与、役員報酬として経費で支出し個人所得税を納付して居れば問題はなかったのであるが、経理係として一切を委されていた勝野は完成工事高(売上)の五%を収入とし之に対する法人税を納めればよいとの従来の慣行に従い、その率の納税をしたあとは、残った金は勝家一族の給料と考えた。然し決算時にはその額が余り多額になるので之を修正する為に労務費の水増し、架空の材料費の領収書等を利用して辻褄を合せたのである。このことに付いて被告人幸盛は全く関知しなかったし、税理士も別に注意をしなかったのである(証人勝野千弘第七回公判速録二五枚目以下)。

ロ このことに付て原判決は被告人幸盛が自ら取引の相手方に依頼して架空の納品書、請求書、領収書等の交付を受け本件脱税に使用した旨の供述記載ある大蔵事務官の質問てん末書等を証拠に援用しているが、これらの供述者は公判廷に於て何れもその内容が真実でない旨、殊に被告人幸盛には今迄会ったこともない旨証言して居り、前記調書は措信するに足らないものと考える(証人田中恒治第一三回公判、証人吉江武範第八回公判、証人丸山隆久第九回公判、証人原正四郎第一三回公判、証人上条秀一第九回公判、証人征矢野実第八回公判、証人小山富司第八回公判)。

ハ 因に問題となっている納品書、請求書、領収書等に付て説明を加えると、

a 建設業者が請求代金に付て前渡金の交付を受けるには、資材購入の事実を証明する書類として前記の書類を金融機関に呈示せねばならないが、実際は工事の着手が遅れたり、資材の正確な支払額が確定出来なかったりするので、便法として事前に取引の相手方に依頼して注文書、請求書、領収書の発行を受け前渡金の支払を受けることが慣行となっていた。

b 又建設業法第一三条(現第一一条)により、建設業者は毎営業年度経過後二月以内に県知事宛(建設事務所を経由して)所定の書面を提出せねばならない旨定められ、業者にとってこの書面の提出が直接営業に関係を有つ(指名に影響が出る)ので、帳簿が不備の場合取引の相手方に依頼して受領した請求書、領収書等をこの方に流用することが多いのである。

c 即ちこれらの請求書、領収書等は本件法人税逋脱の為ではなく右の前渡金領収、建設業法第一三条による届出書類に必要なものとして取引の相手方に依頼して受領したものであり、且つ全部が架空のものとは云えないのである。

3 別途預金に付て

イ 前記の如く経理係勝野はその年度の完成工事高(売上)の五%を収入とし之に対する法人税を納付した後は残った金は勝家一族の給料と考え之を別途預金とした。本来ならば給料で落し源泉徴収で納付すべきであるが、勝家一族一〇名の給料の額は当時決っていなかったからその手続も出来なかった。この場合勝野は銀行に預金をする際銀行の勧めとお膳立に従い預金を数口に分け且つ匿名としたに過ぎないのである。従って別途預金は会社の金を隠匿する為のものではなく、勝家一族が無給で働いたその報酬として一族の金を預金したものである(証人勝野千弘第七回公判速記録二九枚目以下、第一四回公判速記録三枚目以下。被告会社代表者勝家昭雄第一五回公判速記録九枚目以下)。

五、原判決は被告人幸盛が不正行為を知り乍ら同判決記載の各虚偽の法人税確定申告書を提出し法人税を逋脱した事実を認定している

1 然し乍ら前記の通り被告人幸盛は会社の経理は一切勝野に委せ、勝野は合津税理士と相談して適当に処理していたのである。幸盛の頭にあるのは同業他社と比較して最高の税金を支払うと云う一事のみで会社の利益、損失の実体を数字的に知らうとしなかったし又その能力もなかった。幸盛は一族が無給で働いて納税後生じた剰余金は一族の収入として預り、一族の生活費はこの中から必要に応じて二千円、三千円と支出してまかなっていたのである。

2 従って幸盛は本件営業年度の各確定申告に際し勝野から計数の説明を受けても、その内容を理解することが出来ず、同業他社と比較して最高の所得申告をすればあとは之をどの様に処理しても何等法人税の逋脱にならないと確信していたし、確定申告は勝野と合津税理士が相談して合法的に処理してくれているものと思っていた(被告人勝家幸盛供述第一五回公判速記録三枚目以下)。

3 右被告人のこの様な考え方が誤りであることは明らかであり、現在では改められている。又被告人が通常の企業会計の知識の持主であったならこの様な考えも有たなかったであらうけど、被告人ははだか一貫から身を起し、ひたすら一本立の土木請負業者として恥かしくない業者になり度いとの一念で最低の生活に甘んじ、同族に給料も支払わず四〇数年間現場で働き続けて来た人物であるから、若し企業知識を身につけていたとすればその方がむしろ不自然な事柄である。若し仮りに同被告人に逋脱の意思があったとすれば預金を会社資金に流用する様なことは絶対しなかったであろう。

4 被告人幸盛に法人税逋脱の意思のなかったことはその人物、経歴からも十分肯認される。同人が立志伝中の人物であることは前記の通りであるが、公職としては嘗て前隆郷村々会議員、同村青年団長、長野県建設業組合大町支部長をしたことがあり本件当時は長野県交通安全協会池田支部長、長野県自家用車組合池田支部長であり、昭和四一年には紺綬褒賞を受けている。この様な人物が原判決認定の様な犯罪を行うと考えること自体が不合理である(勝家幸盛に対する大蔵事務官の質問てん末書、昭和四二年三月二九日附)。

六 以上の事実をよく理解した場合には、原判決には事実誤認があり、その誤認が判決に影響を及ぼすものであることは明白である。須らく、原判決を破毀の上被告人幸盛及び被告人会社に対し無罪の判決を下される様要望する次第である。

以上

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